本日は、平成26年(2014年)5月31日土曜日
【東京・四ツ谷の経営コンサルタント 中小企業診断士の立石です】
土日・祝日のテーマは「バラエティ」です。先週に引き続き、私が新卒で入社した株式会社キーエンスの話題です。当時のキーエンスは中小企業から大企業へ飛躍する頃でありました。現代の中小企業経営者に参考になることも多いと思います。私の頭の中の記憶を綴りますが、もう四半世紀以上過ぎたので、ボンヤリした内容かもしれません。最近は何事につけ日記を書いておけばよかったと後悔する日々です(笑)

前回綴りました通り、夏の賞与支給日にいわゆる辞表、退職願を提出しました。私自身、退職することは初めてですので(新卒入社ですから当然です)、どこか躊躇(ちゅうちょ)するところもあったのかもしれませんが、提出した後は明鏡止水(めいきょうしすい)の心境です。
当時、ふたりの営業所長がいたのですが、販売グループの直属の上司にあたる、
4月新年度より新しく赴任された責任者(兼営業所長)には、提出前に無理を申し上げて、ご理解頂きました。

その後、オフィシャルな手続きなのでしょうか、
「先任の営業所長」からの要請で個人面談がありました。「退職後何をするのか?」と質問されましたが、適当なアドリブで答えたとしか記憶に無いのです。どの会社でも、退職する者にその後の進路を尋ねても、「私個人の自由と責任に関することであり、他者の関知するところではありません」が本音のはずです。

ただ、そんな答えをする人は皆無であり、私も世間一般の方と同じく、適当に答えたのだと思います。実のところ、就活時からずっと心酔していた創業者に直接是非伺ってみたいことが、ひとつふたつありましたが、もうどうでもいいことです。

当日の面談は、慰留というよりヒアリング程度の内容で、わずか数分で済みました。誠に「楽な手続きと手順」でありました。そういう点で、キーエンスを退職するにあたっての個人的所感は、こちらに大した負荷がかからず、とてもありがたかったと正直に思っています。

ところが、事業部長経由でお知りになられたのか、お世話になった元上司から電話がありました。
こちらはとても重い内容です。「一度会って話しをしようよ」と最後までありがたいお気遣いをされます。しかしながら、丁重にお断りいたしました。
1年以上も前に決意していたことを、もはや覆すつもりが無かったからです。

退職日までの残りの日程は、いつもと同じ営業の業務に加えて、引き継ぎを行います。お休みの日は再就職にむけて、ひたすら「履歴書」と「職務経歴書」の作成です。当時は、学生時代の就活と同じく「手書き」が主体です。誤字脱字はもちろん見た目の綺麗さも気になっていましたので、ひと苦労でした。あれこれ応募し始めたと思います。そして再就職の面接用に新しいスーツも購入しました。

同じ営業所で基本的センサの販売を担当していた凄腕の新卒同期と話す機会があり、(3年勤務満了までの)あと1年間、キーエンスで頑張るとのこと。「石の上にも3年」を実践されるようでした。

そして退職日当日。早い時間に退社。夕礼終了後、毎日19時前に退社される営業事務の女性より早く
会社を出たのも初めてのはずです。
梅雨の合間でしたが、外は明るい陽射し。
キーエンス時代を振り返れば、この時間帯に外にいるのは、出張の移動のさ中だけ。営業車で出発しているか、荷物抱えて駅まで小走り。
ゆっくり歩いて夕陽を眺めながら帰宅できたのは、この退職日当日だけだったかもしれません。
帰り途に、いつも素通りしていた気になる中華のレストランがありました。
目立つ看板に誘われ、当日一回だけの贅沢で入店しました。
水曜日だったと思いますが意外な光景を見ました。会社帰りなのでしょうか、たくさんのスーツ姿の方が、小さいお子さんを連れたご家族で入店されていて、結構混んでいたのです。働き方は人それぞれ。「別世界」を垣間見ました。
退職のこの日、まだ再就職先は決まっていません。今思えばとてもリスクある行動だったと思います。ただ当日は、なぜか解き放たれた気分になっていて、その後の不安について全く気にかけていなかったのかもしれません。
いよいよ「本日をもってキーエンスを退職」となりました。明日より勤務経験3年以内程度の、いまでいう「第二新卒」です。世間一般では、「中途採用者」のように即戦力を期待されない程度の扱いかもしれません。翌日(平日)から、数々の企業の面接を受けました。再就職が叶ったのはキーエンス退職後1か月後のことです。もちろん、退職した時点で、当時キーエンスのライバル会社に就職するとは、夢にも思っていませんでした。

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